ドッグトレーナー(犬の訓練士)の仕事は、犬と飼い主の双方に寄り添いながら、信頼関係を築く重要な役割を担っています。しかし、その道のりは決して平坦ではありません。以下では、ドッグトレーナーが直面する課題や、業界の現状について詳しく解説します。
飼い主との協力体制における難しさと向き合うために
ドッグトレーナーの主たる職務は、犬の望ましい行動を導き出すと同時に、飼い主と愛犬との間に円滑かつ健全な関係性を構築する支援を行うことにあります。しかしながら、こうした行動改善のプロセスにおいては、犬のみならず飼い主の理解と協力が不可欠であるため、両者との関係性を同時に築くという点で高い専門性と柔軟な対応力が求められます。
特に問題となるのは、ドッグトレーナーの指示には的確に反応する犬が、飼い主からの指示には反応を示さない、あるいは無視するという事例です。これは一見すると犬の学習能力や性格の問題に見えるかもしれませんが、根本的な原因は飼い主側の接し方や指示の出し方に起因しているケースが大半です。つまり、飼い主が一貫性を欠いた対応を続けたり、日常的な信頼関係を十分に構築できていなかったりすることにより、犬が混乱や不信感を覚えている可能性が高いのです。
ドッグトレーナーは、犬に対する訓練技術だけでなく、飼い主に対しても適切な指導と助言を行うことが求められます。たとえば、犬に対する褒め方・叱り方の基本から、指示語の統一、接触時のタイミング、生活環境におけるルールづくりまで、飼い主が「トレーナーの代理」としての役割を果たせるよう導いていく必要があります。このように、動物だけでなく“人”とも向き合う対人支援的な要素こそが、ドッグトレーナーの職務をより複雑かつ奥深いものにしています。

飼育放棄やミスマッチがもたらす社会的課題とトレーナーの役割
犬の問題行動やしつけに関する支援は、短期間で成果が現れるものではなく、相応の時間と継続的な努力を要する分野です。しかし現実には、期待した効果が出ないことに落胆し、しつけを途中で放棄したり、最悪の場合は犬の飼育自体を断念したりする飼い主も少なくありません。
特に近年、ペットショップやインターネットを通じて容易に犬を購入できるようになったことにより、飼い主と犬との間における「適性の不一致」──いわゆるミスマッチが増加傾向にあります。たとえば、運動量が多くしつけに時間がかかる大型犬を高齢のご夫婦が飼い始めるケースや、初心者の飼い主が保護犬やトラウマを抱える個体を引き取るケース、あるいは小さなお子様がいる家庭で、気性の強い犬種を迎えるなど、生活環境と犬種特性との不一致が原因で問題行動が悪化する事例は後を絶ちません。
これらの問題は単なる個人の飼育困難の枠を超え、動物愛護や地域社会にとっての重要な課題でもあります。ドッグトレーナーには、こうした状況を未然に防ぐために、しつけの必要性や犬種選びの重要性について啓発活動を行うと同時に、問題が発生した後においても冷静かつ専門的な立場から飼い主を支援し、最悪の結末(放棄、虐待、保健所収容等)に至らないよう全力で介入する責任が課されています。
日本国内では、年間でおよそ20,000頭以上の犬が何らかの事情で新しい飼い主を探す、または飼育放棄されているという現状があり(環境省2023年度統計)、その多くが“飼い主側の事情”によって生じている点を踏まえると、ドッグトレーナーの果たすべき社会的役割はますます重要性を増していると言えるでしょう。

業界の現実とプロフェッショナルとしての資質
ドッグトレーナーという職業は、動物に対する深い理解と共に、人間社会の中で求められるコミュニケーション能力、倫理観、継続的な学習意欲を兼ね備えてはじめて成立する専門的な職域です。厚生労働省の統計によれば、ドッグトレーナーを含む「動物取扱業従事者」の平均年収は全国で約551.4万円とされており、首都圏を中心に安定した需要が見込まれている一方で、地方では職域の狭さや賃金の伸び悩みといった課題も依然として残されています。
さらに、専門資格の取得にあたっては、認定カリキュラムを修了する必要があり、学習期間は短くとも2年、長ければ5~6年に及ぶこともあります。トレーナーとして独立・開業を目指す場合には、動物取扱業の登録要件や施設設備の整備、マーケティングスキルも必要となり、決して容易な道ではありません。
その一方で、犬と飼い主双方の生活の質(QOL)を向上させるという社会的使命を担うこの職業には、大きなやりがいと責任が伴います。成功するトレーナーの共通点は、行動学や心理学などの理論的知見に裏付けされた技術と、それを“相手に伝える力”を持ち合わせていることにあります。また、日々変化する犬の行動傾向や社会的課題に柔軟に対応できるよう、継続的な学習と実践を積み重ねる姿勢が求められます。

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